おそらくあと10年たっても僕には埴谷雄高を理解することはできない。

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20年でもダメだと思う。彼の名前を知ってから死霊を手にしてから40年が過ぎようとしているけれど。次々と新章が発表され出版されて、埴谷自身が亡くなってしまったというのに、僕にはとうとう理解できない。佐藤くんや××くんは本当に理解していたのだろうか。僕は彼の名前さえもう忘れてしまっている。真意を理解はできないけれど読むことはできる。単行本は寝転がって読むには重すぎるけれど。文庫なら大した重さではないからだ。もう50肩もおさまりつつあるのだから。

お抱え学者の言動・説について質問された。意見を求められた。もちろん、僕などに答えられる訳がない。答える訳がない。物言えば唇が凍り付く時代だ。本当の意味での言論の自由はありはしない。言論の自由という枠そのものが偽なのだ。それにしても、この国はどうしてこんなにも人材不足に陥ってしまったのだろう。・・・どうでもいいけれど。・・僕はフラフラとふたたび自前の自分の世界に逃げ込む。

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