夕刻。機嫌のよくない桜島がいた。

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もちろん彼は、何も言わず、何も考えず、ただただそこにあるだけなのだけれど。風景は自分を映す鏡なのだけれど。

言い訳じみているけれど、あのとき私は決して機嫌が悪かったわけではない。何も考えず、ぼおっ~としていた。視線に機嫌の悪い桜島がいたのだ。それだけだ。別に意味はない。

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姪っ子タチが、NHKのアニメの話をしてくれた。ベイビーステップだ。

鎮痛剤のせいで回転の鈍った頭で話を聞こうとはするのだけれど。もともとそれほど速くは回転しはしない頭で、許容量の少ない頭で、別のことを考えている。いつもそうだ。彼や彼女の話を聞いていない。聞いているけれども聞こえていない。私はヘヴィサイドの階段関数のことを考えていた。音が似ていたのだ。そしてディラックのデルタ関数のことを考えていた。連続関数で表すことのできない関数。それだけでとても美しい。

鎮痛剤は効いていない。痛みがなくならないのだ。頭だけがぶらついている。これは別の薬のせいなのかも知れないけれど。

病院の先生には説教された。二週間後にはまた検査だ。食事がめんどくさい。

天気予報を信じなかったので

むしろ自分の目を信じたので、少々雨に濡れた。洗濯物にもちょっと湿気をあげてしまった。買い物に出るときには陽が射してしたから。

でもこの季節にしては、冷たい雨だとは感じなかった。冷たい雨ではなかった。もうちょっと濡れれば雨の中をスキップしながら歩いてしまいそうな、もうちょっと降られていたいような、雨だった。

 

 

吉田拓郎は別格なのだと彼は言う。

さだまさしも小田和正も、いいけれど、頑張っているけれど、吉田拓郎だけは特別なのだと彼は言う。中島みゆきや井上陽水も聴くけれど、吉田拓郎だけは別格なのだと。

昭和50年代に青春を送った彼の口からは小室等、加川良、及川恒平、ともかわかずき・・とマイナーぎりぎりの歌手たちがどんどん飛び出してくる。なぎらけんいちもいい歌手なのだと・・・そうなのだろう。

きっと吉田拓郎は特別なのだろう。

ライナス・コールドウェルもいいけれど

ジェイソン・ボーンはいいなあ。どっちもいいけど、オーシャンズシリーズはやってて楽しそうだけれど。力のいれ具合はボーンシリーズだろうなと思う。

マット・デーモンのことだ。弟がボーン・アイデンティティーのDVDをくれなかったら、私はこのシリーズを観ていない。彼はときどきおもしろいものをくれるのだ。

弟の話ではなく、デーモンのことだ。

なんと規則的な

年明けからみごとに規則的な生活をしている。いくつかの病院へもきちんと通っているし、何より前倒しで締め切り前に仕事をきちんきちんと終えている。感動的だ。原則的には締め切り日が近付いて始めて始動するのがパターンなのだ。なのにだ。ただ睡眠時間だけが規則的に短くなっていて、眼科と皮膚科と小児科で叱られる。小児科の先生は呼吸器科の専門でもあるのだ。今年は内科の先生のお世話にはなっていない。

ではなく。規則的な生活をしている自分を褒めているのだ。自分で自分を絶賛しているのだ。