仕事の締め切りと

家族のちょっとした病気と、親戚の行事と・・・私はこんなに人に会う人間ではなかったはずなのに。今日だけで、重要な人物だけで、ひとり、ふたり、さんにん、・・・じゅうはちにん。まで数えてもうわからなくなる。

仕上げた仕事のメールが1本。依頼のメールが2本と1本・・確定申告の書類書いてる時間がないじゃないか。

庭のまだらのツバキの花がどんどん落ちて、茶色くきたなく見えるのに、掃除もしてない。ふぅ~熱でも出ればいいのに。健康そのものだ。2月はこんな月だったっけ。

代車のはなし・・その3

その車は小さかった。そもそも他人の車を運転するのを好まない。慣れていないからというのがその理由だ。癖があるのだ。慣れないものには慣れないのだ。代車のバックミラーのはなしだ。私の眼にはすべてのものが調子よく見えるわけではない。バックミラーが・・それに映っている世界が見えなかったのだ。バックミラーの内側には何も映っていなかった。きっとタイムマシンに乗ったら、あるいは光速以上で飛ぶロケットに乗ったら窓の外、あるいはその乗り物の背景には何も映っていないのだ。私の借りた代車のバックミラーには何も映っていなかった。

誰も褒めないから

自分で自分を褒める。1月1日から仕事したなんて、なんて偉いのだろう。口に出して言ってみてから、自分で自分に突っ込みをいれる。誰もがやってることなのだ。・・・・自暴自棄・・孟子が言ったのは逆の意味だったような気もする。覚えてはいないけれど。

 

誕生日おめでとうのメールをおくる

毎年の習慣だ。毎年の互いの悪習だ。何年にもわたる行事だ。コソコソとヒソヒソと。別人に読まれることを前提にした文章。埋め込んだつもりの暗号。隠したふりの本心。このメールの使い方は美しいとは言えない。

国道3号線

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このまま直進すれば福岡を経て東京まで一本道だ。この風景を見るたびに思い出すのは古い歌の歌詞だ。♬御堂筋は表参道に続いているんだ♬。僕にとって東京はずいぶん遠いところになった。いい意味でも悪い意味でも。

この交差点で振り向けば、右斜め後ろに城山が見える。明日は西郷隆盛の命日だ。彼は、もう一度東京に行きたかったのか、行きたくはなかったのか。彼はもう一度大久保に会いたかったのか。そうでもないのか。僕には解らない。

私は狂信的なファンなので、結局は買ってしまうけれど。

こんな書籍の売り方はちょっとおかしいと感じてしまう。私は吉本隆明のミーハー的なファンなので、紀伊國屋書店のあり方は嫌いではない。私はつかこうへいの熱心な信奉者だったので、紀伊國屋はとても評価していたし、評価している。「職業としての小説家」は小説ではないので、買う必要もないのだけれど。別に読まなくてもいいのだけれど。私は村上春樹の狂信的な読み手なので、結局は買ってしまう。私が好きなのは、彼がまだ大家ではなかったころの、それも不整合をいっぱい含んだ短編だ。