クリスマス。ホテルの跡地で待ち合わせをした。

そこには昔、巨大なホテルがあった。そのずっと前にはボウリング場があったとか。今はこの街のメイン通り沿いの巨大な駐車場だ。待ち合わせ場所にソコを指定された。そんなトコロで待ち合わせ・・と思ったのだけれど。結果的には待ち合わせのメッカだった。人待ち顔の人たちがたくさんいた。着飾った美しい女性だったり、きっと友達を待っている男の子だったり、清潔な服装の男性は思いを寄せる女性を待っているのだ。忘年会やクリスマス会のおじさんの集まりは呑み会の前にすでに楽しそうだった。・・・そこは楽しいクリスマスのための待ち合わせ場所だった。知らなかったのは私だった。

私と彼女は、競争を始めた。どちらの待ち人が先にやってきてくれるか。きっと彼女も私を競争相手に決めていた。決めたはずだ。私は交通事情の読み間違いをした。約束時間の前に買い物をするつもりだったし、その買い物があっさり終わってしまった。だから約束時間の30分も前にソコに到着してしまっていた。だから。彼女の方が絶対に有利なのだろうなんて想像した。

暖かいクリスマスの夜の話だ。

 

 

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今年の梅雨はいつまで続くのだろうとそう思った。

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この夏の暑さは尋常ではないと思った。桜島がとんでもない噴火をするかも知れないと予報が出た。台風が駆け抜けて行った。すべては言い訳だ。私が自分に課した仕事を怠けるための言い訳にした。私は怠け者なのだ。言い訳を探しているのだ。他の誰に対してではなく、自分自身への言い訳なのだ。タチが悪い。

姪っ子タチが、NHKのアニメの話をしてくれた。ベイビーステップだ。

鎮痛剤のせいで回転の鈍った頭で話を聞こうとはするのだけれど。もともとそれほど速くは回転しはしない頭で、許容量の少ない頭で、別のことを考えている。いつもそうだ。彼や彼女の話を聞いていない。聞いているけれども聞こえていない。私はヘヴィサイドの階段関数のことを考えていた。音が似ていたのだ。そしてディラックのデルタ関数のことを考えていた。連続関数で表すことのできない関数。それだけでとても美しい。

鎮痛剤は効いていない。痛みがなくならないのだ。頭だけがぶらついている。これは別の薬のせいなのかも知れないけれど。

病院の先生には説教された。二週間後にはまた検査だ。食事がめんどくさい。

桜島の降灰が雪のように降り積もっている

それはまさに雪のように・・だ。横断歩道を消し、中央分離帯を消し、どぶ板には規則的な穴が浮かび上がる。そろそろ逆向きの風が吹いてもいい頃だ。まもなくきみの誕生日だから。年に二度だけ往復する携帯のメール。誕生日のメール。この日だけ黙認される。許されるのだ。

検閲を逃れる方法はいつしか身についた。

敬老の日が近いからかも知れない。

じいちゃん先生がびっくりした。珍しいと言われた。私は鈍く痛いだけなのに。左手、人差し指と中指。右手、薬指。3本が疲労骨折だと。私はパ行、カ行。ガとかバとかタとか使う割合が多いのだろうか。なんという中途半端なかっこ悪い症状だ。スポーツ選手ならかっこいいけれど。普通の人が「指を疲労骨折かよ」とみんなに笑われて、痛い。指ではなく、気持ちが痛い。指は痛くはないのだ。痛いのは思考のスピードにおいて行かれるタイピングだ。

指をあまり使わないこと。って。私は別に逆立ちして歩いてる訳じゃありません。これは寒い。両手の指使わずに日常生活はできない。私は。

しかたなく、右手の3本と左手の3本で12時間くらい過ごした。べとべと薬は気持ちよくない。

半沢直樹を楽しんだ。

愛之助や香川もよかった。最終回を見終わって、私は倉本聰のセリフを思い出していた。

札幌は左遷されたサラリーマンだけがいる街じゃあない。

たとえ屋台をひいてでもってお客さんはおっしゃるけど、屋台のラーメン屋ってそんなに楽なしごとではありませんよ。

イメージは拭い去れないのだろうか。地方や北は飛ばされるトコロなのだろうか。出向って失敗した人が片道切符で行かされる罰なのだろうか。愚痴ってみているだけだけれど。

ドラマのあの終わり方・・・きっともう続編考えているだろうな。