代車のはなし・・その3

その車は小さかった。そもそも他人の車を運転するのを好まない。慣れていないからというのがその理由だ。癖があるのだ。慣れないものには慣れないのだ。代車のバックミラーのはなしだ。私の眼にはすべてのものが調子よく見えるわけではない。バックミラーが・・それに映っている世界が見えなかったのだ。バックミラーの内側には何も映っていなかった。きっとタイムマシンに乗ったら、あるいは光速以上で飛ぶロケットに乗ったら窓の外、あるいはその乗り物の背景には何も映っていないのだ。私の借りた代車のバックミラーには何も映っていなかった。

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強い雨。けれど冷たい雨ではない。

この季節にしては暖かい雨。長い間、こちらに舞い戻ってからずっと私の目を管理してくださっていた先生が今年いっぱいで辞められる。今日が最後の診察日となった。その理由を話してはくださらなかったけれど、わけを問うことなどできなかったけれど。

はじめて村上春樹を読んだのは極めて不純な動機からだった。

好かれたいと思ったからだ。正直言えば村上龍と区別できていなかった。最初に読んだのは「ノルウェイの森」ではなかった。手にした本が短編集だったのはたまたま図書室にあったからだったし、たくさんの話が読めると思ったからだ。その後、手に入るすべての作品を読むことになるのは、最初に彼の短編から入ったからなのだと思う。今でも、何度読み返しても、彼の短編はすばらしい。吉本隆明が「世界の終わりと・・・」を評して、かの内容を表現するのにこれだけ長い小説にする必要があるのか・・と書いたことに、ひそかににんまりしてしまったことを思い出した。私はいまだに村上春樹よりも吉本隆明の方が好きなのだ。もちろんどちらも好きだけれども、なくなってしまった人に勝つことはできないのだ。村上春樹は好きだけれども、すべてが最高であるなどとは思っていない。村上春樹が書いてもおもしろくないものはおもしろくない。もちろん私にとって・・・ということだし、今の私にとってということではあるのだけれど。

とても天気のよい文化の日。気温もあまり上がらなかった。こんな快晴の祝日、ストーブの掃除をして火をいれて。村上春樹をではなく、S・キングの昔々の短編集を読んでいた。食事をせずにオヤツだけを食べているから太るのである。

夕刻。機嫌のよくない桜島がいた。

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もちろん彼は、何も言わず、何も考えず、ただただそこにあるだけなのだけれど。風景は自分を映す鏡なのだけれど。

言い訳じみているけれど、あのとき私は決して機嫌が悪かったわけではない。何も考えず、ぼおっ~としていた。視線に機嫌の悪い桜島がいたのだ。それだけだ。別に意味はない。

エグザイルの人がサングラスで泣いていたので

ボクシングの人がまた喧嘩でもして問題起こしたのかと尋ねたら、バッカじゃないの?と言われた。私には似ているように見えたのだ。違う人かも知れないとちょっと思ったのだけれど。まあどうでもいいことだ。